久々に、美術展なるものに、娘が春休みなため、一緒に出かけました。

僕は美術展などというものは、ほとんど行ったことがなく
たまに行くくらいのものだったのですが、
ガーーーーーーーーーーっと思ったことを
殴り書きしてみます。

そこには、圧倒的に陽の作品の数々展示してあり、見る側としては勝手にいろいろ想像してしまって、それが作者様の意図するものとまったく違うものだったりするというのもわかった上で、言わせて頂くと、まず、見て思ったのは、この圧倒的、陽の作品の数々は観る側のことを考えて描いているのだろうか?観る側を元気にしたい、明るしたい。だからこういう作品になったのだろうか?それとも、自分が描きたいものを描いているのか?自分から湧き出たようなものを、そのままキャンパスに描いているのだろうか?つまり、どっちなんだろう?と想像してました。自分も何か作品を作るときに、自分の描きたいものを描くか?それとも読む人のことを考えて描くか、どっちにしたらいいのか迷うことがあるので、どうしてもそういう目線で見てしまうようです。観ているうちに、わかってきました。多分、この作品の数々は、自分から湧き出たものを描いている気がしました。もうひとつ思ったのが、画家にとってのオリジナリティーをどうやって発見したのか?ということ。これも、常に自分が考えてることのなので、どうしてもそういう目線で見てしまうのですが、漫画や絵を描いてて、探せばあるような作品や、誰かと似たような作品になってしまってないか?自分しか描けない作品になっているだろうか?と常に思ってるので、他人の作品もそんなことを考えながら見てしまうようです。作品を見ていくと、多分ですが時期的に少し過去?の作品も展示してあったのですが面白いのが、陰の作品も多数。僕は男(陽)であるせいか、この陰系の作品には圧倒されました。この方の作る、色使いや造形はどんなものにも対応できそうな気がしました。作者は、そうとう器用な人なのだと思います。そして、どんな絵も描くことができる人。もしも、オリジナリティーを追求することがあったとしたら、器用だからこそ相当迷ったのではないでしょうか。そして、迷えば迷うほど、自分の描きたい作品を描くようになっていったのでは?これは、ただ単純にそんな気がするだけです。圧倒的、陽の作品がそうして生まれたなら、作者さんは陰系の性格かな?と思いました。性格まで、想像してしまうのは、失礼な気がしますが、心の中に陰の要素があるからこそ陽を作ってバランスをとっているのだと感じました。もしも、陽の人が陽の作品ばかり描いていたらすぐに飽きてしまうと思うんですよね。作品は極陽とも言っていいほどの明るい作品の数々。その空間にいるだけで、パワーが湧いてくるようでした。てかたぶんパワーでてました。いろんな光で自分を照らしてくれてるような感覚で、例えれば、神社の中の木漏れ日のような神々しさでした。それは、陰から湧き出た圧倒的陽の作品。というようなことを勝手に想像して見ていました(*゚▽゚*)

うちの娘も、凄く作品が気に入ったみたいで
「また行こう!」と言われました。
帰り際、越ちひろさんと娘と、
一緒に写真をとって頂きました。感謝感謝です。
うちの娘も喜んでいましたが、僕自身も、
かなりの刺激を受けての帰宅になりました。